仙台医師会へ投稿したノーベル文学賞 ではない作品です
ノルウェーの森
残念ながら、私はハルキストではありません。彼の「ノルウェイの森」も読んだことはありません。人の繋がりも不思議なもので、単身赴任の状態ではありますが仙台での医療を展開できていますことを感謝申し上げます。
単身の身ではありますが、私には相棒がおります。名前を「アビィ」と申します。彼のご先祖さまは、なんとノルウェーとのこと。そうです、相棒はノルウェージアンフォレストキャット、うちのネコ様であります。日本語で言えば、ノルウェーの森の妖精猫ってとこでしょうか。
私が初めてノルウェージアンフォレストキャットを知ったのは、かれこれ15年ほど前に遡ります。当時私は、順天堂大学心臓血管外科に所属しておりました。順天堂大は伊豆長岡の地に分院を持っており、当時は順天堂大学伊豆長岡病院(現順天堂静岡病院)と言いまして、そこの心臓血管外科長として赴任していました。周囲は自然が豊富で、温泉含め観光地が多くあります。色々な場所へと家族とともに出かけることがありましたけれど、次は何処へ出かけようかと思案していた時に目に止まっとのが、伊東市(伊豆半島の東側、熱海市の南側です)にある「ねこの博物館」でした。自分は無類のネコ好きではありませんでしたが、イヌ派かネコ派かと問われれば、即答で「ネコ派」と答える程度です。しかし「ネコ」に特化した博物館があるんだったら行ってみたいとイソイソと家族旅行がてら伺ったのであります。そこには猫の骨格標本や、猫にまつわる美術品が展示してあるのですが、その中に「世界のねこちゃん」コーナーがあって飼育されているネコちゃんを鑑賞することができます。その中に一目惚れ、恋に落ちたとでも表現するのでしょうか、とっても美形なネコちゃんがいらっしゃったのです。モデルさんのような佇まい、色白な(白い毛が美しい)、長い髪の毛を揺らすその様に、自分の脳天に電流が流れるような感覚に襲われました。なんてネコなんだろうと名前をみたところ、それがノルウェージアンフォレストキャットだったのです。それから紆余曲折、単身での勤務をすることになり、どうしてもネコ様をお迎えしたいとの思いがあって、「アビィ」との生活がスタートしました。勘の良い方はお気づきかと思いますが、自分はビートルズ世代であります。ノルウェージアンフォレストは日本語ではノルウェーの森です。ノルウェーの森と言えば、ビートルズの名曲、「ノルウェーの森」って単純な発想です。もちろんアビィは「アビィロード」から頂きました。
ノルウェージアンフォレストキャットは北欧神話の中に、雷神トールが連れ去ろうとしたものの、大きすぎて持ち上げられなかったとの逸話があります。雷神トールと言えば、英語読みで、あのアベンジャーズのマイティソーですね。彼が持ち上げられないような大きな猫ってことです。また『フレイヤ」という女神様が、自分の乗る車を引かせたのが、馬ならぬ、このノルウェージアンフォレストキャットだったとのこと。馬車ではなくて、ネコ車だったようです。
現在コロナの波状攻撃も終息に向かいつつあります。ステイホームも長く続き、癒しを求めている人たちも増えています。つい買い物で伺うホームセンター併設のペットコーナーにも足を運んでしまう方も多いのではないでしょうか。自分もその一人ではありますが、飼えないながらも値段を見てしまって先日びっくりしてしまいました。30~40万は当たり前、中には60万越えのネコちゃんもいらっしゃいます。そうか、コロナでペットブームが起こっているんではないかと気がつきました。一般社団ペットフード協会が統計を毎年発表しているとのことで、早速ホームページにお邪魔しました。2020年が最新情報になりますが、飼育数は横ばいとのことです。しかし「1年以内の新規飼育者」でみると確実に増加しています。それもネコ様の増えかたが大きいようです。あと興味深いのはペットフードも半生タイプやウェットタイプの食事頻度が増えているそう。たしかに在宅時間が増えていることを反映していると言われれば納得してしまいます。自分も休日にはウエットタイプを「うまうま」ご飯と称し、ネコ様に食べていただいているのに気がつきました。
そんな相棒ですが、できるだけ健康に長生きしてほしいのは飼い主の共通した思いでしょう。しかし相棒の病気のことはほんの少ししか知らないことに気がつきました。いつもお世話になっている「Google 」の出番です。「Norwegian Forest Cat」で検索したところ、いくつかヒットしました。その中で興味が湧いたのは「心筋症」です。恥かしながら知らなかったのですが、ノルウェージアンフォレストキャットは心筋症になりやすいことで有名であるとのこと。早速文献を読んでみました。
どうやら肥大型心筋症が多く、人間の肥大型心筋症と類似しているとのことです。心エコーでのスクリーニングを行なって調べているようです。ヒトでの心エコーは見慣れていますが、ネコ様のエコーって全然違うのかと思いきや、ほぼ人間と同じように見えています。違うのは心筋壁厚が半分以下であり、心拍数は160以上と頻拍!であります。ヒトと同様に心筋細胞の走行の乱れや心筋細胞肥大が見られるようです。文献によると肥大型心筋症の診断月齢は平均57.8ヶ月で約4~5歳とのこと。血統解析では遺伝傾向があり、性差は雄猫に診断される確率が高いようであるものの、親子間回帰はデータ不十分で計算不能であったとのことでした。また 血統分析では常染色体優性の可能性が高く雄が多いが、雌にも発症しており、X連鎖遺伝の可能性は低いとのことです。
ではまんま、ヒトと同じなのかというとそうではないことも多々あることがわかっています。ヒトで肥大型心筋症は、不整脈、それからの突然死というイメージが湧きますが、ネコちゃんでは心不全になることが多いようです。さらにヒトでの治療オプションは近年どんどん進歩しています。植え込み型除細動器やカテーテルアブレーションなどがあります。終末期心筋症では心移植も適応がある時代です。それに比べて、ネコちゃんは薬物療法しかありません。β遮断藥、ベラパミルという薬剤選択になるようです。
ああ、我が愛しの相棒よ、心配になってきました。循環器系医師を名乗るからには我が相棒の心臓をチェックしなければとの思いが湧き上がってきました。文献でのエコーの写真はヒトと同じ。ふむふむ、ヒトと違うのは傍胸骨左縁アプローチではなく、胸骨右縁なのか。使っていないVscanエコーがあったよね。
そこで先日、我が相棒にエコー検査を試みることにしました。ヒトに近い所見だし、チョロいもんだと舐めてかかったのが悪かった。うちの相棒は長毛種です。そもそも一目惚れした時も、あの長い毛に引かれたぐらいです。エコーゼリーを塗りたくっても綺麗に描出できません。それに加え、心拍数160なんですからまともに見えません。最初はおとなしく検査に協力してくれてた相棒も、時間が経過するとともに不機嫌になり、とうとう非協力猫様となりました。すまない、相棒。結局エコーゼリーでベトベトになった相棒を連れてお風呂場に。ペットのためのシャンプーですが、我が相棒、水が大キライなのです。私の手や胸や顔までも、名誉の負傷を受けたこと、またその日の晩は布団に来てくれなかったことをご報告いたします。
こんなコロナ禍、早く終息することを我が相棒と願っております。
参考文献
1)一般社団法人ペットフード協会 令和2年 全国犬猫飼育実態調査
2)日本循環器学会 心筋症診療ガイドライン(2018年改訂版)
3)ノルウェージアンフォレストキャット「フリー百科事典 ウィキペディア日本語版」2021年9月25日 https:///ja.wikipedia.org
4)März I, Wilkie LJ, et al. Familial cardiomyopathy in Norwegian Forest cats. J Feline Med Surg. 2015 Aug;17(8):681-91. doi: 10.1177/1098612X14553686.
5)Maron BJ, Fox PR. Hypertrophic cardiomyopathy in man and cats. J Vet Cardiol. 2015 Dec;17 Suppl 1:S6-9. doi: 10.1016/j.jvc.2015.03.007.